講義26. 公平さの問題

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前回まではパレート効率パレート最適について見てきました♪

今回はそういう視点とはちょっと違う角度で見ていきましょう。^〜^


まず、今までのお話は

「お互いが自由意志で取引できるなら、

取引はお互いの効用を上げることができる」


という話でしたね。

これは

どちらか一方の状態が悪くなることなく

両方(もしくは片方)の効用が上がる

ということですから

社会的に望ましそうだと言いました。^_^

例えば

図23−1

↑この図では、

お互いの初期保有量は赤い点で、

それぞれ効用水準が A1 B1 という水準でしたが、

交換によって 紫の点U に移動して

それぞれ効用水準が A2 B2 という

「お互い相手の効用を下げることなく自分の効用を上げる

という、社会的に一番望ましそうな改善を行うことが出来そうなことがわかります♪^ー^

しかし!!!

ちょっと条件を変えてみた次の図ではどうでしょうか?

図26−1

↑この図は、『初期保有量が一方にべらぼうに偏っている状況』です。

Aさんは 社会全体の全ての魚を持ちつつ、
しかもきのこも相当多くの量保有していますが、

一方Bさんは きのこをほんの少ししか保有していません。

で、この2人の間に交換があるとしたら

交換可能領域である小さな灰色のレンズ状の範囲でしか起こりえません。
(交換可能領域の意味がわからない人はここまでの講義を総ざらいしましょう。^〜^)

ここで一つ考えてみてください。

もし交換が起こったとしても、

Aさんにとってはすでに効用がべらぼうに高い状態から、さらに若干高くなる

Bさんにとっては効用がかなり低い状態から、若干高くなる

というような範囲でしかありませんね。
(交換可能領域が「図の右上」に偏っていますからね。)

この交換でパレート最適な状態に移行したとして、果たして

社会的に最適な状態と言えるかどうかです。(重要)

確かに、

「パレート改善」というのは最も客観的で誰もが納得しうる概念です。
(誰も悪くならずに、誰かもしくはみんなの状態が改善する)

ただ、

もともと恵まれていると思われる裕福な者がさらに効用を増し

もともと恵まれていないと思われる貧しい者がほんの少し効用を増す場合でも、

一応パレート改善の基準は満たします

↑そういう状況を「最適」とか「善い」と考える人は、あまりいないのではないでしょうかね。 ̄〜 ̄

もし恵まれてないと思われる立場の人間が

このシステムに対して不満に思って、最終的に暴動や革命に走るならば

もう個人の自由意志に任せた経済なんて存在できなくかもしれません。^_^:

「パレート最適」は満たしているほうが良いことが多いですが、

『パレート最適ならば皆が幸せなんだ』ということとは違います

むしろ順番が逆で

『みんなが幸せだったら、結果的にパレート最適であることが多い』だけでしょう。


最後に少し考えておきたいのですが、

社会的に善い(良い)とはどういうことなのでしょうか???

意外と曖昧な感じがします。

パレート最適は、「初期保有量にあまり差がない時」なら社会的に良さそうだけど、

「初期保有量にあまりに格差があるとき」は社会的に良くなさそうだと言いました。

一方、もし完全に初期保有量を平等に強制しようものなら

「社会的な分配」の意味では良いかもしれませんが

「社会的な効率」の意味では良くないかもしれません。
(一生懸命頑張っていろいろ生産して所得を得ても、全て平等に分けられるくらいなら
誰も生産しようとしなくなり社会全体の生産量・保有量は0になるかもしれません)


結局何が良いか、何が善いかなんてのは

いくら議論をしても、皆が共通の認識をもつことなんて無いのかもしれませんね。^_^:

とりあえず、純粋交換経済の枠組みで得られた知識も

『これが絶対正しいんだ!』なんて思わずに

「様々な意見や理論の中の一つ」程度に留めておいたほうが良いのかもしれません。


さて、今回で〜純粋交換経済〜に関する話は終わりにして、

次回からは〜独占の理論〜ということで、

ある財を供給する企業が一つしかない状態をお勉強していくことにしましょう☆^○^


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